9月1日かぁ。
- 2006.09.01 Friday
- 21:46
楽しかった夏休みが終わってしまうというのとは別に、静岡県で育った私が気が重いのは9月1日が防災の日のせいです。
9月なんて言ったってまだまだうだるように暑く、ただでさえ休みが終わってゲンナリしているのに、その日は集団下校をして地域の防災訓練を受けなければならないからです(今はどうか知りませんが)。
私は学区の関係で、すぐ近所に別の学校があるのにもかかわらず徒歩20分以上かかる小学校まで通っていました。
その距離を近道もできずゾロゾロと集団下校し、あまつさえ炎天下で消防署の人の話を聞き放水訓練を見、最後に婦人会の人が作ったマズイ「炊き出し」のゴハンを食べねばならず、本当に憂鬱でした。
実家の婦人会の方々の名誉のために言っておきますが、これはレシピと素材そのものが良くないからです。災害時の非常食として作ったゴハンだからマズイだけです。
なんか良く分かりませんが「炊いた」のではなく「蒸した」米にシラスを混ぜビニール袋で握った握り飯状のもの、だった記憶があります。
私は大学に入り岐阜に行くまで日本全国津々浦々そうだと思っていたのですが、静岡県では小学校から高校に至るまで、教室で使用するザブトンは「防災頭巾」と兼用のものでした。
静岡県の学生は普段自分の尻にひいているものを、訓練の際は頭に被って校庭まで避難するのです。
当然一度校庭に出たら教室には戻れませんから、そのザブトンは家まで持ち帰り翌日また持ってくるというバカげた状態になります。
ザブトンは暑いし恥ずかしいし邪魔だし、仲のいい友達とは帰れないし、本当にイヤな事ばかりでした。
更に憂鬱だったのは、低学年の頃だったか、私はその訓練中に貧血を起こして倒れ、近所のお兄さんにオンブして貰って家に帰るという事件を起こしました。
そのお兄さんは中学に入ってグレてしまい暴走族に入ってしまったので、人間どこで転ぶか分からないなぁとつくづく思います。
ああ、グレてしまったお兄さんのことはさておき、私はその事件のせいで地域の人に「体の弱い子」という印象を与えてしまい、翌年から1人だけテントの中で一連の行事を見守ることになったのです。
今と違って自己主張がなく無口でハッキリ言って陰気な子供だった私はクラスのボス的な少年少女から苛められる事が多く、目立つ行為は極力避けたい所だったのにそのような事態に陥ってしまう事が本当に憂鬱でした。
大して涼しくも無いテントに入れて貰ったおかげで「なんで○○ちゃんだけ〜、ひいき〜」という非難の声を浴びなければならないからです。
本当にひいきされているならこの場にはおらず家でアイスでも食ってるよ、と言いたいところですが、その場はじっと耐えるしかありませんでした。
やっぱり夏休みが終わるとロクな事がなかった、という話です。
ところで今でこそ頼まれもしないのにバジルの観察日記をつけたり(最近書いてねぇな)ネットで見つけたペーパークラフトを作って喜んだりしている私ですが、子供の頃はこれらの宿題が大嫌いでいつも器用な祖父に工作を依頼しておりました。
やっぱり強要されるからイヤなんだろうなぁ。
読書感想文なんてなかったら、皆もっと自主的に本読むと思うんだけどなぁ。
9月なんて言ったってまだまだうだるように暑く、ただでさえ休みが終わってゲンナリしているのに、その日は集団下校をして地域の防災訓練を受けなければならないからです(今はどうか知りませんが)。
私は学区の関係で、すぐ近所に別の学校があるのにもかかわらず徒歩20分以上かかる小学校まで通っていました。
その距離を近道もできずゾロゾロと集団下校し、あまつさえ炎天下で消防署の人の話を聞き放水訓練を見、最後に婦人会の人が作ったマズイ「炊き出し」のゴハンを食べねばならず、本当に憂鬱でした。
実家の婦人会の方々の名誉のために言っておきますが、これはレシピと素材そのものが良くないからです。災害時の非常食として作ったゴハンだからマズイだけです。
なんか良く分かりませんが「炊いた」のではなく「蒸した」米にシラスを混ぜビニール袋で握った握り飯状のもの、だった記憶があります。
私は大学に入り岐阜に行くまで日本全国津々浦々そうだと思っていたのですが、静岡県では小学校から高校に至るまで、教室で使用するザブトンは「防災頭巾」と兼用のものでした。
静岡県の学生は普段自分の尻にひいているものを、訓練の際は頭に被って校庭まで避難するのです。
当然一度校庭に出たら教室には戻れませんから、そのザブトンは家まで持ち帰り翌日また持ってくるというバカげた状態になります。
ザブトンは暑いし恥ずかしいし邪魔だし、仲のいい友達とは帰れないし、本当にイヤな事ばかりでした。
更に憂鬱だったのは、低学年の頃だったか、私はその訓練中に貧血を起こして倒れ、近所のお兄さんにオンブして貰って家に帰るという事件を起こしました。
そのお兄さんは中学に入ってグレてしまい暴走族に入ってしまったので、人間どこで転ぶか分からないなぁとつくづく思います。
ああ、グレてしまったお兄さんのことはさておき、私はその事件のせいで地域の人に「体の弱い子」という印象を与えてしまい、翌年から1人だけテントの中で一連の行事を見守ることになったのです。
今と違って自己主張がなく無口でハッキリ言って陰気な子供だった私はクラスのボス的な少年少女から苛められる事が多く、目立つ行為は極力避けたい所だったのにそのような事態に陥ってしまう事が本当に憂鬱でした。
大して涼しくも無いテントに入れて貰ったおかげで「なんで○○ちゃんだけ〜、ひいき〜」という非難の声を浴びなければならないからです。
本当にひいきされているならこの場にはおらず家でアイスでも食ってるよ、と言いたいところですが、その場はじっと耐えるしかありませんでした。
やっぱり夏休みが終わるとロクな事がなかった、という話です。
ところで今でこそ頼まれもしないのにバジルの観察日記をつけたり(最近書いてねぇな)ネットで見つけたペーパークラフトを作って喜んだりしている私ですが、子供の頃はこれらの宿題が大嫌いでいつも器用な祖父に工作を依頼しておりました。
やっぱり強要されるからイヤなんだろうなぁ。
読書感想文なんてなかったら、皆もっと自主的に本読むと思うんだけどなぁ。